あなたは 人目の迷い子です

2005年04月14日

Stand by me angel

Rebel, rebel, your face is a mess♪
良き古き時代のデヴィット ボウイーが好きです、またまたスリープレスナイトがやってきました、シルビアです。
昨日卓ちゃんが家にきてから、その後数時間程卓ちゃんワールドにでっぷりどっぷり浸かっていたシルビアさんは昨日、夢で何かに気付いたと言いますか自分の考えてるデジャヴーに夢であうような不思議な体験をしました。夢では反抗期の王子様(?)っぽい人がお嫁さんになる人と駆け落ちするのを凄いディーテールで見ました。これ事体、卓ちゃんとは何の関係もないのですが(笑)、このグレた王子に鍵があるのです。

昨日、卓ちゃの歌詞を聴いて少し気になった事があったんです。
それは

「はみ出す事も許されずに妥協を覚え
刃向かう事も出来ないとレールの上で気付かされた」

という唄の途中のところです。

わたしがこの唄でハッとしたのは、歌詞が自分が今まで誰にも語る事はない経験と対等していたからです。そう、この部分でもうなずくことができました。卓ちゃんの「ひとりになるのが怖かった」はシルビアさんの若い頃の孤独な面を表徴するのです。

わたしは9歳の頃からイギリスで育って、日本から遠い遠い所で普通の日本人の女の子が経験する事からも、現地人の女の子が経験する事からも遠のいた経験を身を持って体験したきたせいか、何処に行ってもわたしは孤独でした。語学にとても恵まれた家に育ったせいか、英語は日本語よりよく話せて今でも日本語より英語の方が達者という事態です(笑)。わたしは小さい頃から怖がりのくせに、いざとなると強くて度胸のある子でした。英語も、「牛」、「林檎」等、名詞しか知らない子供が英語を6週間で現地人の子供と同じになって遊んでいたのですから肝が座っていたと考えて正解です(笑)。怖いものなんて知らなかったです、本当に。今みたにひねくれてもないですしね、心の複雑骨折もなかったです、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、白黒ハッキリした正直者でした。好きなものは胸を張って好きと言えるのは未だ変わりないのですが(笑)。

親は何時でも言います、わたしは腕白な子供で非常に明るかったのだと。今でもうつなのに明るいというところは変わってないのですが(笑)。

何がそんなに楽しいのか見ている方が不思議だとよく言われたものです、笑ってるか泣いてるかの人でしたから(笑)。毎日が楽しくて楽しくて仕方のない子でした。生きる環境が変わっても笑いながら暮らしてきましたからね(愛でたいなあ)。父は会社でも優秀な社員でしたし、母はのんびりした人でしたし、姉とも仲が非常に良かったですし、学校の成績は何故かイギリスに来てから良くなったと変ですが、色んな意味でラッキーな事だらけでした。そうなんです、端から見るとわたしの幼少時代は将来を約束されて恵まれた環境にいた子だったのです。

でも、こうゆう環境にいたからこそ、凄く寂しい想いをしました。何があったからというと長くなりそうですが、時間がありましたら、是非読んでみて下さい(笑)。

今でもこれには変わりはないのですが、家族はわたしにとって一番大事な存在でした。特に父親の存在は大きくて旦那様は絶対ヨシキ(父者の名前)のような人を連れてくるんだと断言してた程、父から受ける愛情も多ければ多い程、父に与える愛情も深く。今考えると信じられない事なんですが、わたしはヨシキと9歳まで「おやすみのチュー」たるものを毎晩寝る前にしていたという異常な過去を持っています(笑)。何がそうさせたのかはよく覚えてないのですが(笑)、父親への愛情は何時もフルタンクでした。イギリスに来る事でまた家族の絆が強くなったと思っていたわたしは後になってそんな絆、ないよと唾を吐くようになっていました。

わたしは学校でも成績は何故か良かったのですが、その中でも得意だったのが、音楽、英文学、絵画と歴史でした。よくこちらに滞在している日本人の方に、「シルビアちゃんは語学がしっかりしてるから特よね」等、嫌味100%な事を沢山言われてきました。いやいや、語学が達者だからと言って成績が良いんじゃないんだよ、ヤマトの諸君、脳味噌の問題だよと、心で可愛くない毒をよく吐いたものです。自信があった頃のシルビアさんです。その時は何も意識的にわたしは出来るのだと思ってたのではなくて、自分の可能性に限界はないと信じていた楽天主義者でした。

今振り替えると、10歳の時習い初めたフルートで作曲して披露していたのでかなりの怖ず知らずで自信だって疑った事もなかったのでしょう(笑)。

色んな事が出来て、頑張りさえすれば何だって出来る、そんな夢みたいな事を信じてたわたしは一見楽天家だったかもしれませんが、人の1倍は努力する人でした。小さい頃、アメリカの実業家がどうして成功したかの話を本か何かで読んでから、皆の寝ている間に努力したから才能が生かされたというのを鵜呑みにしたものです。そうなんです、わたしは意識的に努力したという記憶がないのですけれども、客観的に言うと非常に統率のとれた人だったのです。

それは小さい頃から優しくも厳しくともあったヨシキのお蔭でしょう(笑)。わたしの家は別にお金持ちではありませんでした、よく「お嬢さんですねえ」と嫌味言われますが(苦笑)。ま、貧乏人のお嬢さんというところですか。両親も非常に貧乏な家で育った人達ですし。でも持ってる趣味が普通の人より偏り過ぎた趣味を持った非常に濃い人達でして。わたしが母親のお腹にいた頃、ヨシキはワーグナーを皿で回しどでかいヴィクターのスピーカー(浪費家め)で聴かせてたせいで家族でクラシック好き、然もわたしはオペラ/歌曲歌手になるなど濃い夢を持った訳ですが(笑)、1に2に3に何時でもお金持ちであるよりも実力家になりなさいという教育を受けたのでこれが身に染みて自分を守れてきたのでしょう。

例えば、わたしは体力的にしんどいモダンダンスの練習が好きでしたし、どんなに厳しい唄のレッスンだって泣いて行った事がないとかステージの上で踊り、唄う事が大好きでしたし。どんなに批判や、いや、それは違うと直されても訓練で慣れてたせいか、また1からやり直せば大丈夫と思っていたので悪いところを指摘されると自分を叩き直してた根性の座った子でした。今考えると何処にそんな勇気があったのか不思議に思います(笑)。

そんな夢のような事を信じて何もかも手に入れてきたわたしは一般的にいうと奇妙な子だったのでしょうね、友達からも不思議がられて十代は非常に寂しかったです。厳しい両親はわたしが出来る事に自信を持っていたので90%を頂いてもヨシキは「あとの10%は何処にいったんだ」と喜ぶ顔さえ見なくなってきてました。わたしはこの頃から日本人思考の親の愛情に凄く反対でしたし、何をしても、何をやっても異常なまでに完璧主義でしたしまた完成したもの何もかも満足できない子になっていました。まだ足りない、何か足りない。そんな気持ちが常にありました。それは今でも感じる事なのですが。でもわたしは自分の弱さにだけには負けてはならないと精神的にかなりスポ根な子だったので何度も自分を叩き上げてきました。それが出来たからおかしくなったんじゃない、と何の慰めにもならない事を今のわたしを見て母は言いますが(苦笑)。

そうなんです、わたしは「良い子ちゃん」だったのです。
そんなわたしの反抗は何も煙草を喫うだけでわなく、学業、音楽、全てに反映されてました。この頃沢山の邦楽、洋楽を聴いた訳なのですが、邦楽でわもう既に好きだったBuck-Tickにしろ、京介さんこと氷室京介の音楽にしろ、色んなジャンルの洋楽を思いっきり聴いたのもこの頃でして。特に反抗精神をかきたててくれる音楽が好きでした。その代表者としてわたしがずっと憧れていた京介さんの詞や音楽の世界は何時もわたしの心をサポートしてくれました。京介さんの反抗精神には殆ど全て同感できましたし、彼の音楽の世界は日本やイギリスと、地理的なバリアがないようにさえ思えました。最初はあのハスキーでよく通る声に夢中だったのですが、大きくなるにつれ彼の存在はわたしのパワーの源でして。京介さんの唄を聴けば寂しくなかったですし、わたしの永遠の心の恋人をつとめてくれました(笑)。

そもそもロックやらパンク等はわたしが成長してからよーく聴き初めてそれからまた色んな音楽を聴きあさっていたのですが、反抗精神旺盛な音楽に現実逃避していたのだと思います。わたしの父は会社のお偉いさんだったので、父がイギリスから日本へ帰国してから母とわたしだけの生活の中わたしが反抗期でもハメをはずし過ぎな事は母から絶対するなと毎日鬼のように言われ、他の子のようにハメをはずす事は許されませんでした。それを破り、ギャーギャー言う事が出来れば立派な反抗期だったのでしょう。でも現実を見るとわたしが反発できるのは母相手だけで、姉も大学に行っていたので寂しい思いをしました。自分が大切に想う父はもう同じ国で暮らしていませんでしたし、電話してきてもわたしと話しするのが本当に少ない事に寂しさを感じていました。誰かに当りちらかして全て投げ出してハメをはずってどんなに気持ちいいんだろう。そんな気持ちが一杯でわたしは自分の反抗精神を自分の学業に、音楽に向けたのです。誰も言った事のない、した事のない事をしよう、これだけでも希望はあったものです。

でも寂しい気持ちは何しても大きくなるばかりでした。自分の奇特な生活にわたしと同い年の子が判る筈がなく、沢山いる人の中で寂しい想いしました。それが多くなるにつれ、わたしの反抗精神が大きくなりました。でも何処に気持ちの捌け口があるのかさえ判らなかったわたしはアルバイトに勉強、声楽とダンスに没頭しながら殻に閉じ込むようになっていました。友達に気持ちを言うのにも疲れていましたし、何が何だか判らなくなりどんどん皆と違う子になっていたような気がします。

こんな色んな気持ちがある中でわたしはある人に恋をしていました。近所に住む人だったのですが一目惚れでして。音楽の才能がある人でよく一緒にピアノ弾いたり、音楽の話をよく朝までしたものです。最初はお互い一目惚れだったのですが、彼は年上の女の人に興味があったので全然気持ちは実りませんでした(苦笑)。7年越しの想いだったといいます(長っ)。でも全く何もなかった訳ではないのです。ずっと友達だったんですが、お互い付き合ってない時には肉体関係を持ったものです。わたしも彼が他の人と付き合ってる時には誰かと付き合ってましたし、でもお互い帰る所は何時も同じで。今想えば物凄く腹立たしいのですがわたしは彼にちゃんと告白をしてなかったので、暗黙の了解みたいなのがあったんです。でもわたしはどんなに寂しいからと言って肉体だけの関係は大嫌いでした。だから1度もちゃんと彼とは寝てないのです。(因みにこの話は大学に行った時に作った男友達の中でありえない伝説と化しました/笑)。ベンモントさえ信ない話でしょう(笑)。

でも裏を返せばわたしは非常にプライドの高い人でしたし、そうゆう所がまた可愛くなかったのでしょうね(苦笑)。でも男の人が肉体を求めに来るのは、逃げ場が欲しいからでしょう、と暢気な事思ってたものです。それに静かに応えていく愛もありでしょう、なーんてね。友達に、「気持ち押し殺し過ぎ!」と突っ込まれましたが、ホントにそうでした(笑)。

そんな中、色んな男性に会いましたが、誰1人愛さなかったです。ただ寂しくならないようにと、わたしと一緒にいてくれる人を探していたような。どんなに自分に、自分の弱さに負けるなと自分を信じても寂しかったんです。

卓ちゃんは唄います。

「ひとりになることが怖かった
ひとりになるのが怖かった
誰かを強く痛く深く愛したいんだと気付いた」

と。

この人に、この曲にもっと早く出逢えてたら。。。

わたしは7年間、あの人を愛したつもりで本当は自分の気持ちを傷付けたくなくて気持ちを押し殺して憶病になってたんだな、と。そんな気持ちは愛なんかじゃないよ(笑)と今突っ込めますが、その時は絶対的な事言って友達関係さえ壊れるのが嫌でずっと宙ぶらりんでいたんだなあ、と思います。愛情は受けたいとは思っていても、多分、一生懸命愛したかったんでしょうね。かなり不器用でしたが(腐)。

この頃は丁度大学に行く前で進路を真剣に相談しても話を聞かない父に怒りだけでは言い表せない感情が常にありました。そんな嫌な気持ちがしんどくて何に関しても不安になり薬を服用し出したのが17歳の頃。毎週3日はクラブに朝まで入り浸りだなんて当たり前でしたし、ろくに勉強たる勉強はしなかったような。ただ、この頃、よく本を乱読し、音楽を聴き、一人の世界に浸るようになりました、記憶が正しければ。何に対しても答えなんかなかったですし、大学に入学し寮に移った日に母と姉とさよならしました。家族全員帰国したのです。またこの時も心配かけたら駄目だ、と気持ち押し殺して、それから友達と楽しい時間を過ごしたと言ってもわたしだけ何処か違う世界にいたような気がします。部屋の同居人はわたしの物を盗むわ、初めて心から愛した人とどうしようもない理由で破局し、父に対してあった気持ちさえ受け取ってもらえず、何を叫んで助けを求めていいのか判らなくて。大学1年の頃、Savage Gardenが非常にポピュラーでして。でも愛なんて信じようとしなわたしは聴くなり吐き気がしたり(あまりにも女々しい内容だったので/笑)、もっともっとワイルドなダンスミュージック聴いたりと落着いた日はなかったように思えます。

この時期わたしに出会った殿方達はわたしは非常に傷付き易く、心を見せない子だったといいます。元彼Mはそんなわたしを理解してくれ、どんな時も逃げなかった、そしてわたしを笑わせてくれた人でした。彼のおおらかな愛情は長い間父に会っていないわたしの父親替りをしてくれました。そんな彼に心を開いて傷付いてずたずたになった時ももっと彼の前で泣くんだった!と今になって悔みます(苦笑)。

話を京介さんに戻しますが、わたしが彼にずっと憧れるのは京介さん達の時代では刃向かってなんぼって言うぐらい反抗期を人が描くような形で越えて行ったまだ健康的な方の時代を表象するからです。そんな京介さんの音楽には何時も新鮮さを感じていましたが、時に寂しかったりもしました。京介さん、またわたし気持ち押し殺しちゃったよ、とCDにブツブツ言いながら。この世の中病むよね、こんなんじゃあと泣きながらよく「Dear Algernon」聴いては一人でワンワン泣いたっけ(笑)。

初めて京介さんを15周年ライブで見たシルビアさんは目に一杯の涙を貯めて、夢にまで見た憧れの人の生声を聴く事が出来て今まで京介さんの音楽と共にしてきた日々を再生しながら京介さんにありがとうを言いました。あのライブ以来、凄いパワーをくれた京介さんの音楽は未だわたしが頼る場所です。ただ、卓ちゃんはわたしがタイムリーで見続けているアーチストであり、わたしの日本での生活を再生してくれる、そしてこれからも何処へ行っても身体から頭から離れないわたしの宝です。今、恋なんて出来ない、でも誰かがわたしを求めてると信じたいから寝る時にもお守りとして、歌詞カード持って寝ます(笑)。

次、出逢う人の為です(笑)。もう変に気持ちは押し殺さない、もっと素直にならないと。何時までも父に甘える事は出来きないと同じで京介さんにずっとすがってたら、また弱音吐くかも、なので(だってこの間またSquall聴いて泣きたんですもん/笑)今の心の恋人は卓ちゃんです。この人の世界でボーッとしてるのが今一番心地良いのです。

京介さんの音楽と共に暮らす日々は想い出が多きすぎて、次に進めない事があります。わたしはずっと京介さんが問いてきた事をずっと探しています。それがちゃんと見付かるまで、「Dear Algernon」はお預けです。そして夢に出てきた反抗期を迎えた王子は、京介さんに憧れたわたしがどんどん前に進める事を示しているようでした。

DEAR ALGERNON 優しさには出会えたかい
DEAR ALGERNON 迷路のようなこの街で
DEAR ALGERNON 温もりには出会たかい
DEAR ALGERNON 抜け道をいつも探してたオマエに

DEAR ALGERNON / 氷室京介
posted by シルビア at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Hysteric Moon

少し怖い話をしましょうか。

最近のシルビアさんは色んな事に怯えながら日々過ごしています。こう言うと大袈裟に聞こえますね、いや、怯えると言っても何時襲ってくるのか判らない 偏頭痛(本当に痛い)だったり、締切だったり(笑)するのですが、他に怯えているのもあるのです。

それは何か。

縁を切った元彼2人から気味の悪いタイミングでくるメールと電話。1人はもう1学期で切った筈の1度や2度では足らずわたしの私生活を妨害しようとするH。もう会いたくないと思ってるのをわざわざ判り易くしているのに全く通じていない変な人ですが、この間突発的にメールしてきた時は、ああ、また訳の判らない人からのメールだわ、無視無視、とこれで終った筈なんですが。。。

その前にもう1人の話をしましょう。この元彼Mはわたしが心から愛した人なんですが、狂っているのか、ただ単に病気なのかよく判らない人で(笑)、こっちが切ろうとしても1年に1度は連絡してくる変人です。ま、彼が少しおかしいのは良く理解してたので(笑)彼が少々変な事を言っても全然おかしいとは思わなかったのですが、この人とは縁が切れない仲なのかなと思い何度もわたしの人生に入れた人なのです。こっちに帰って来てから最近わたしの調子も良いですし、メールしてても何も気分を害する事や毒を何時ものように吐く事もなく普通だったのでやっと友達になれるなと思っていたのですが、またもやわたしが甘いと言う事が判りました(苦笑)。現在結婚を前提に付き合っている人がいるにも関わらず、何かあるとわたしにメールし、電話して(飲む時が一番多い)たのですが、わたしはそうゆう場合全く返事をせず、静まるのを待つばかりだったのですが、この時点で切らなかった事事態、わたしもどうかしてたんでしょうね。でも長年の付き合いなので、いきなり切るのもまた変かなと思ったのですが、ここがわたしの甘い所でして。卒論が終り、ああやれやれと思っていた時に何度も何度も夜に電話とメールがあったので余程話したい事があるのかと思いこっちの都合が良いある日曜日の夜に電話をしたんです。で、お互い最近どうしてるのか話した後、この人とは何時もくだらない事で長話になるなあ(笑)と思い電話を切るなり5分足ずでメールが届きました。こちらの携帯は着メロを個人指定できないので、誰からメールなのか教えてくれません(笑)。今日は色んな人からメールが多いなーと思い携帯を開けると、元彼Mからメールじゃないですか。おやおや、と思い読んだ内容がわたしの人生の機転に繋がりました(笑)。今思うとちゃんちゃら可笑しい内容なんですが、何しか彼女宛に送ったメールでして。わたしが痛烈な偏頭痛があるとお医
者さんに言われて薬を飲んでる事についての事でした。

さっきシルビアから聞いた話だけど、脳腫瘍があるらしい!

と、こう書いてあったのでやっと正体を見せやがったなこの悪魔!と思いながらも、ホホウ、いい度胸してるじゃねーか、早速こちらから 「で、これを誰に送りたかった訳?」と送ると30分は返事がなくて来たと思えば「何言ってんの、あれはお前に送ったメールだぜ?」と人を馬鹿にした返事が。今度と言う今度はこちらからコテンパンに文句を言わせてもらうわ!と今まで溜めに溜た文句をメールで送り付けたんです。もうこれでこの人とは永遠に縁が切れる、切れて正解!なぐらいに。7年も溜めた文句だったので、彼自身もびっくりしたみたいで「そんなに俺の事が嫌いか」と言ってきたのですが、いやいやそんなへつらいな気持ちさえないから安心をしと言ってうっとうしいし、時間がもったいないからもう2度と顔も見せるな、メールもするな、電話もしてくるなと言って終った筈が最後に変なメールが来たので携帯のメモリーから彼の全てのコンタクト先をブッツン切ったのです。もう知らない、知りたくもない、永久に消えてもらって結構と思ったんで。いい意味で彼とサラバイ(笑)するいいチャンスかと思いましたしね。やっと元彼達と永遠に縁が切れる、万歳!ハレルヤ!と祭り状態だったのですが、どうやら元彼共の神経は太いらしく。

この間、わたしが勉強しているので携帯を「サイレント」モードにしていた間に元彼Hからメールが入ってたみたいで。またお前かよ!と思い、読むとまた前と同じような内容で、いつになったら関りたくないって判るのー!と思いながらも一様何かあった時の場合の為にそのメールは携帯のメモリーから消さず。わたしの携帯は着信拒否ができなければ(苦笑)、色んな人からの着信のメモリーがちゃんと残ります。で、元彼Hから来たメールの後数時間後に何件か「着信されたけど取れなかった件」と携帯に書いてありました。わたしは勉強した後すぐご飯を作ったので、その間に(元彼Hのメールを見た後に)わたしにコールがあったのかな?と着信歴を見ると全部プライベートナンバー。最初、んん?これは、元彼Mがよくしてた事だなあーまた奴じゃないだろうなと思ったんですが忙しくて気にしてる暇がなくて。で、最近睡眠をろくに普通いとれてないのでボケてるので携帯の存在も忘れる事が多いのです。どうせうつが入る時には携帯を見ないようにしてますが、最近不審と思える程のプライベートナンバーからの着信が。何時もお昼から夕方6時ぐらいまでの時間にそのナンバーの持ち主からコールがあります。わたしが寝てるか勉強してる時間です。プライベートナンバーの場合、電話を取る事はしないようにしてますが大体わたしが後でこのナンバーからコールがあったと気
付きます。

この何が怖いか。

一昨日、わたしの元彼Mから着信があったのです。ナンバーを消したのにも関わらず、念の為に最後の4桁を覚えてたので誰からかすぐ判りました。でもこの人のコールで少し怖いと思ったのは、わたしが何かして電話に出られない時に何回か電話してくるのです。1回目はわたしが大好きな「フレンズ」を見ながら食事をしていた時。携帯が鳴る音がわたしの部屋から聴こえたのですが取る気にならず、取りに行かなかったのです。で、誰からの電話だったのかなとお手洗いに行く際に携帯を見たんです。そしたら、Mからだったと判りまして。取らなくて良かったー!と思い、ジャガー笑いをし、トイレに入るとまた電話が鳴るのです。で、わたしが出てくるまでずっと鳴ってたのですが、出てくるなり携帯が鳴り止むのです。おかしいな、と思いながらもまたフレンズの続きを見たいのでリビングでテレビを見る事に。今回は携帯をリビングに持って行きました。すると電話が鳴らなくなりまして。奇妙でしょう。最初は気が変わったのねと思うくらいでしたが、元彼Hだと思われる人からのプライベートナンバーはもしかしたらMだったかも?いや、でももし今回着信履歴に彼のナンバーが出るという事は一昨日初めてMが電話してきたのかなと思うのが自然だと思いまして。それでも気味が悪いのはお昼から夕方6時までの間にプライベートナンバーからで、それからはMの携帯ナンバーで、しかもわたしが電話に出れない時にかけてくるという、考え過ぎかもしれませんが、奇妙です。

2度、種類の違うストーカーに合ってるので理屈無しのストーカーっぽいコールかなとも冷静になって思うのですが。。。今朝も2件着信がありました。ちょっと気になるので、今夜一緒に住んでるリーに状態を話してからステファニーに電話しようと思ってます。彼女は元彼HとM、どちらとも知っているので意見を聞こうと思いまして。それよりも、わたしにこの気味の悪いコールがあるのだと知らせておかないといけないです。昨日卓ちゃんが家に届いてからハイっぽいシルビアさんでしたが、昨日は少し安心して寝る事ができました。でも、今少し身震いしてます。怖くならないように、ずっと卓ちゃんをかけて、このエントリーを書いてます。ただ、何か絶対的な事が起きるとは思えません、こうゆう事する人に限って人を怖がらせる事だけして姿は見せませんから。でも、元彼どちらも姿を現さないからと言って変な事は起きないとは断言できませんから一様連絡すべき人には連絡しないと。

あらら、さっきまで凄くいい天気だったのに夕立ちが来そうな空。雨が降ってスパークルマン(卓ちゃんの通称です)が助けに来てくれないかとガチガチになって願うばかりです。

わたしがパラノイアなのでしょうか。

ただ気になるのは、元彼Hはわたしにまだ気があるのだという事。これはわたしが彼から直接こっちに帰ってきた時聞いた事です。元彼Mはわたしに気があるとかではなくて、わたしからだと必ず相手にしてもらえる、というわたしに変に依存した人で、どんな手段を取ってでもわたしの気を引く事をするのかわたしは良く知っています。2人で共通するのはわたしが彼等と一切連絡を取らなくなった事です。。。

そしてわたしのトラウマになっているのは日本でのストーカー。そして究め付けにわたしと別れた後、態々わたしを追いかけるかのように日本に来た元彼H。悪夢になって再現されるのはどちらとも電話でわたしを怖がらせたという事。。。
posted by シルビア at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

My one and only

恋人はサンタクロ~ス!恋人はサンタクロ~ス!
昔こんな唄がありましたね、ユーミンの唄で。

昨日までと言うよりか3時間前までは廃人宣言してた人が、恋人はサンタクロ~ス!と唄っています。いえ、恋人はた~くい~~~!でしょうか。はい、シルビアさんはどうしたのか。発狂した訳ではありません。最近有難い事に卓ちゃんの夢をよく見るなあと思ってますと(一種の現実逃避です)今日ポストで卓ちゃんが海を越え、シルビアさん宅に届きました。

最新のシングル「ひとりになるのが怖かった」とずっと欲しかった卓ちゃんの1st アルバム、「Nuclear Sonic Punk」のCDが届たのです。「Nuclear~」はダビッたものがあったのですが、歌詞カードは無しで(涙)。ラウドネスのニイさんのシャウト程「何言ってるんだか判らない!」というのは無いんですが、「イノヴェーター」とめっさカッコイイ曲でですね、毎回聴くと必ず、「家事を取れ、イノヴェーター!!!」と聴こえる部分があるんです。いやいや、イノヴェーター言てますやん、なんでイノヴェーターが家事取らなあきませんの。でもありますやん、気になって仕方がない事って。歌詞カードにはちゃんと、「舵を取れ」と書いてあったので、セーフ、と思い、いやいや、舵は家事とイントネーシオン違うから!と自分で切ないツッコミを入れてしまいました。

亜熱帯さんでオーダーして卓ちゃんが届いた訳なのですが、シルビアさんは封筒をビリビリ破り、卓ちゃんを抱き締めたかと言います(やめれ!)。早速、新しいのからかけましたが頭が沸いていたので、卓ちゃん自慢のビートだ、いい感じの曲だと言う事と卓ちゃんの何時もの声ではないと言う事が判りました。少し落ち着いて、歌詞カードを読みながら聴いてみると熱い涙がポロポロ毀れる、毀れる。わたしが聴きたかったのはこの曲なのだと思いました。なんだかこんな曲をずっと待っていたようで、でも巡り合えるのか判らなかった不思議な曲。亜熱帯さん所でも書いた事なのですが、卓ちゃんの何時もの声が叩き付けてくるような声で迫力が何時もに増して尋常じゃないんです。腹の底の、うねるような声を聴いたような気がして気が付いたら、何度も何度も聴き直していました。あまりにも痛々しく心に響く歌詞と卓ちゃんの唄声に夢中になって、なんだか自分が何からも解放されると一緒に自分の頭を岩か何かにぶつけたみたいな感覚が確かに残りました。今まで卓ちゃんは色と凡ゆる唄を唄ってきていますし、素晴らしい唄声を沢山聴いてきた訳ですが、こんなに魂を揺さぶるものは聴いた事がなくて、初めて卓ちゃんの本当の声を聴いたような気がしました。歌詞は全然喜ぶ内容じゃありませんが、シルビアさんは少しの間卓ちゃんのCDケースを抱えながら曲に合わせ
て踊っていました(いや、狂ってませんよ/笑)。

ジャンヌの「月光花」と「WING」を聴く度にもっとジャンヌを!と思う気持ちとは何だか違うウイルスにかかったような感じで(最新のNew Orderのアルバムにもヤラレましたがこれ程ではありませんでした)それまでジンジンしていた頭痛も卓ちゃんの新曲を聴いて飛んで行っとか(笑)。やはり、わたしの元気の源は卓ちゃんなのです。心の友達なんです。

卓ちゃんのこの曲の最後の歌詞の一部に、

「希望なんてみつからずとも
HAPPYなんて見つからずとも
止まない雨はないと歌おう
いつか光は射すと歌おう」

と、打ちのめされた人が唄って初めて小さな心に希望を持って生きる事が辛い事なのかの意味を初めて唄で聴いたかのようでした。唄全部を聴くと、この人は一体どんな気持ちで此処まで来たのだろう、どうして途中辞めなかったのか、卓ちゃんの信念の声を聴いたような気がします。でも、多分この唄の意味は本当に心に染みるか、かすって行くかどっちかだろうなと思いました。でもこんな素敵な唄を、卓ちゃんの声と彼自身の存在をこんなにも有難いと思った事はないです。嘗て、天才ヴォーカリストとして言われていた人でとどまるにはもったいないくらい、人間的な卓ちゃん。今、卓ちゃんの唄を聴きながら自分の窓を開けて5日位見なかった太陽の光を部屋に入れてやっと春が来たのだと実感しています。

この唄がある限り、わたしはひとりになるのが怖くなりそう、、、です。
是非聴いてみて下さい。
posted by シルビア at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | MUSIC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月10日

イカロス

えー、現在うつが酷くて朝起きるのがとても辛いシルビアさんですが、皆さんは元気でしょうか。溜り溜っている音楽の記事をアップさせようと思っていたのですが、中々時間がなくて困っています。他、SWANの記事もアップしようと思っているのにそれも出来ず。只今生活の基盤を作り直しているところなのですが、それさえも旨くいかず。睡眠サイクルもおかしくて、眠れない夜には慣れているのに何故か不安と焦りがわたしを襲います。寝たら寝たで、12時間寝てそれに対してまたうつが入り、空まわりするばかりです。今まで普通の頭痛だと思っていた偏頭痛が酷く、今バレエ体操をしてるのですが、もうどうしようもないくらい痛い頭痛でダンス中止になる事も、勉強中止になる事も多いんです。そんな時、家族や友達に頼りたいのですが、長年一人で問題解決するのに慣れているのか、苦しい時に電話やメールするのが殆んどの場合、苦痛です。今、此処でわたしの現状を語る事が限界です。でも最近考えてたんです、何故そんなに一番辛い時に大事な友達や家族に話すのが苦痛なのか。それは多分、拒否されるのが嫌だからでしょうか。誰も個人的にわたしを拒否した事はないのですが、わたしの病気次第でわたしが音信不通になったりする事の核心を、どんなに親しい友達でもどこかで否定してるのではないかと何時も考えてしまいます。うつが入るとこんな思考になるのですが、こうゆう考え方が嫌だから自分も嫌いになります。もう誰とも話したくない、殻に閉じ篭もっていたい等、普通の人から見ると悲観的なだけなんでしょうけど(一度東京に居る友達に、「うつが入ると悲観的だよねえー」と言われ
た事があります)。人に話せない過去、消えない傷、普通ならこれも人生だと生きていけるのですがうつが入ると、自分のトラウマが頭の中で何度も何度も再現されて、夢や非現実的な事に走ります。また、そんな自分が大嫌いで、自虐的になります。死ぬ事を考える訳ではないのですが、わたしがローな時だけ時間を止めて欲しくなります。人は大山を登る時、何故こんな険しい山を登らないといけないのか、もっと楽な道はないのかと思うそうです。わたしも何度も険しい山を登ってきていますがこれ等を乗り越えれば何時も、「辛い事もほんの、一瞬の、束の間の事だったなあ」と思います。でも、その気持ちは逆を返せば好い時も束の間なんですよね。それでもわたしは登ります、次から次へと色んな山を。聖書のヤコブ章を読んだ方はお判りでしょう、人間神から愛されていても苦労をしていく人だっているのだと。
わたしはどの宗教の信者でもありませんが、ヤコブ章に書かれているヤコブという一人の人間がどうしてこんなに、、、というまでもの苦労と不運と闘いながら生きていく話は人間の生きる姿の象徴的な表象でしょう。冷静な時はこうゆう話もあったな、と自分に言い聞かせ、一日を過ごせる訳ですが、険しい山もその頂点から見えるであろう美しい光景も幻影にしか見えなくなる時があります。頂点に立って見える「美しいい光景」は普通の、どんな医学的なハンディーを持っていない人にしか与えられない特権なんだ、等、普通に考えると「暗い」、「マイナス思考」と良い風にはとられる事はないでしょう(苦笑)。本当に暗いですからね(笑)。

でも何故わたしは険しい山を諦めずに上るのか。嫌な事ばかりなら自分を殺してしまったらいいじゃないか。でも、わたしは山を上り、山の頂点に立って、一瞬の美しい光景を見る為だけに、その一瞬だけに険しい山を上る価値があると思います。どんなにハンディーを抱えてでも自分が咳を切らして、自分の足を傷めながら登り詰めた山の頂点はわたしにしか見えない「美しい光景」が待ってるのでしょう。それがあるからこそ登っている間感じた苦痛等も一瞬のように思うのでしょう。でも、でも、でも。その一瞬の価値がない、険しい山を上る意味がないと思う人はイカロスのように高く飛ぶのでしょうね。わたしは山の頂点に立ち、色んな美しくもユニークでもある光景を見て来ましたが登った山を下るのはもっと険しかったり、辛かったりもします。見てきた物の価値さえ、自分が頑張って登り詰めた事さえ忘れ、どうして今山を下るのか、何故次の山を登る為にこの山を下らないといけないのか、また根本的な処で躓き道から逸れる時があります。そんな、途方に暮れた時、人はあらゆる事を考え、それでも答えが見付からないから翔ぶのでしょう。翔ぶとは人間の死を現す象徴だと思いますが、どんな自殺もあらゆる意味で「翔ぶ」のでしょうね。答えを求めて、苦痛から解放されたいと願いを込めて「翔んだ」人は残されたわたし達にはまたはかなく翔んで消えたもう一人のイカロスでしかないかもしれません。何故翔んだのか、翔んで何が見えたのか、残された人達はイカロスがどうして蝋燭の羽根で翔なだのかという問いかけと同じように永遠に問うでしょう。しかし、生きている限り、翔んだ時の光景が見えないから翔ぶのだという事もわたしは知っています。どの世にも存在したくない、それがあの世でも、この世でも。そんな願望を持った人達が自殺という意識を持って翔んだ人は本当に翔んだのでしょう。わたしも自殺ではない、飛翔をしてみたいと思う時があります。精神的な解放を求めて、一度だけ。でもわたしは登らなければ翔べない山があります。その山を登ったらまたこんな気持ちも険しい道の一部だったのだと思えるのでしょう。そしてまた道の途中で翔ぶ事を考えるのも険しい道の一部なのでしょう。ただ、その一瞬が短い人もいれば長く感じる人もいるんでしょうね。そして、本当に翔ぶ人も。

「良い事なんてないよ。。。本当にないの?じゃあなぜ逝かないの?」答えがないから翔ぶのさ / WING by Janne Da Arc (Yasu)
posted by シルビア at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 酸性雨(うつ)日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月27日

These days...

thebeloved.toys05.JPG

最近のシルビアさんのぬいぐるみ達です。王様ぶってる家鴨が長年の友達であるダッキーです。ダッキーの右横に居るのがベンモント宅から奪ってきたトンちゃんです。亀さんなのに何故か猫に間違えられます。ダッキーの左横に居るのがベンモントが日本から送ってきてくれたうさちゃんですが、名前はまだ付けてません(笑)、でも名前を呼ぶ時は「うさ」でしょうか。トンちゃんの右横に居る亀ちゃんはプチプチです。とっても小さいのですが、とっても可愛いんです。そしてまた可愛い兎ちゃんはカミーユさんがお別れのプレゼントと誕生日のプレゼントとしてプレゼントしてくれた大事な娘の、ともちゃんです。

ginger1.JPG

見え難いのですが、この間話していたジンジャーです。もっと綺麗に撮れましたらまたアップします。
posted by シルビア at 09:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Hit the Road

復活祭に入り、試験2つとプレセン(個人15分)と4000文字の論文がある為、1ヶ月の休みを儲けてる大学3年生のシルビアさんですが、皆さんお元気でしょうか。此処では報告してませんでしたけども、卒論は無事、締切3日前に提出できました。12800文字ぐらいなので、文字数オーバーにならなくて済みました。ただプリントに時間がかかったので最後にプリントミスがあったり、中々出来上がらなかったのですが、何とかできました。ホント、出来た時には、出来たー!という実感があまりなかったと言いますか、学部のオフィスに行くのにマッハ3ぐらいのスピードで製本させた本を2冊手に製本させたお店から早歩きしましたので提出する事しか頭になかったんです。午前中に提出したので、街に遊びに行ったんですが、時間が経つにつれ寂しい気持ちになってきて、ヘアサロンでコーヒーを出して頂いた時に何故か初めてホットしたような、息をついたと言いますか。なんだか「終わった」という実感がなくて。あれだけ忙しかった日々が何もなかったかのように過ぎて行った感じですかねえ。これから書く4000文字の論文は大好きな十字軍の事ですが,ちゃんとした資料がまだ手元になくて復活祭の後にまた資料探しと背景知識勉強を早めにスタートしようかと。でないと試験の復習とプレセンの勉強ができませんからねえ、もう休む暇無しです。でも、40クレディットある卒論が終了し
たと言う事を報告します。今まで忙しい忙しいと言い、あまりメールや手紙を出せなかった友達や身内さん達には申し訳ないと思っています。わたしにとって本当に大事な事なので、終わるまで痺れを切らさずに待ってて下さい。

さてさて、最近春になりましたけど日本のfashionはどうなっているのでしょうか。こちらではわたしが大好きな70年代のジプシースカート、70年代のfashionを主にした袖がワイドでテロテロなトップス等が大流行りです。何年か前にわたしが日本でもしリッチなら何時もそこでショッピングしたであろうMarginal Glamourの70年代にインスパイアーされたスモックも大事に着ています。わたしは本当に、ちょっと、その格好してギターもってピースしたら70年代の人よ?な格好が好きなのですが、大体ヴィンテージ物が好きです。日本に居るとヴィンテージ物の全く出会う事がないですし、ヴィンテージらしい物は高価ですし。。。わたしがイギリスが好きな理由はヴィンテージ物もらしい物も安く手に入るという所です、fashion的に。探さないとないのですが(苦笑)。

日本では買えない服、アクセサリー等、今年の春物はグローバル化されたのでしょうか。ヴォーグを毎月読んでるのですが、日本ではメタリックな小物(バッグや靴)等が今旬だと知りましたけど、本当なのでしょうか?(笑)わたしも自分でヴィンテージを作るのが好きなので、日本のヒッピーな所で買ったゴールドメタリックの鞄等活用させてます。夜クラブに行く時はジプシーな格好はヴィンテージっぽいシルバーメタリックのクラッチやメタリックなサンダルで夜らしい格好をします。一度ロンドンのポートベローで買ったヴィンテージのシルクスカーフから作られたハルターネックのトップがありますが、これが今一番好きなトップです。このトップにサテンのヒラヒラスカートでコーディネートするのが一番好きなのですが、ジーンズにも合うのでローテーシオンが効くのでグッドです。て言いますか、わたしは本やビデオ、音楽にお金を使うので本当に貧乏なローテーシオンです。でもわたしの学生生活を振り替えってみればどれだけローコストな服でどれだけ1年を過ごせるかよくそうゆう意味で頭も使ったような気がします。て言いますか、現在その脳味噌を使ってます(笑)。日本ではいい物がすぐ手に入るのはいいのですが、こちらとでは全く違ったfashionの楽しさを学んだ気がします(笑)。例えば自分でこれだと思う物に出会うまでの服の選択等。ま、結局貧乏だから自分で探して買うのですけどね(でなければロベルトキャヴァリの服とクロウイーの服を配達してもらいます/笑)。

それにしても、何時でも思うのですが、日本のあのコンサバなスタイル(ジーザスディアマンテのワンピース等)は日本では何時何処で着るんでしょうか。日本に居ると可愛いな、とは思うのですが、一体それを着て何処行くねん、みたいな(笑)。わたしはああいう服は見て可愛いとは思っても自分が着ている姿が全く想像できない人です。君島十和子さんみたいな方なら着ていてきまるスタイルだと思いますが、コンサバスタイルを見ているとどうしても好きになれない80年代のfashionを思い出します(笑)。

それではこれからわたしが参加できないジャンヌのライブに向けてわたしもカサビアンを聴き終わったので(今年のサマソニに出るいいバンドですよ、祇園守さん!)ジャンヌを聴き、本を読んでマノローブラーニクの靴の夢でも見て寝ます。明日は復活祭なので家でのんびりテレビを見るのでしょう(涙)。ジャンヌに参加する身内ピープル、特にベンモント、いきなり聴きたかった曲を聴いて露骨に号泣しないように(笑) 思う存分楽しんできて下さいね!
posted by シルビア at 08:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月17日

The Night At The Opera House

バレエのレヴューをやっと(笑)アップしようと思います。

12月28日に観たロイヤルオペラハウスでの「白鳥の湖」のレヴューです。

メインキャスト:

オデット/オディール: アリーナ コジョカル(Alina Cojocaru)
ジークフリード: ヨハン コッボール (Johan Kobborg)
ジークフリードの母 (王女): ジェニーズィア ロサトー(Genesia Rosato)
ロットバルト: ゲイリー エイヴィス (Gary Avis)

イギリスのロイヤルバレエ団の公演は初めてでした。胸をときめかせながらケンジントンの友達の家からタクシーでコヴェントガーデン(オペラハウス)に行ったんですが、物凄い渋滞でして、公演1分前に到着しました。息を切らせながら、ドレスの裾を上げて指定席のバルコニーまで走り、ギリギリで席に着席できました。あんなに焦ったのは人生初めてかと(笑)。

バルコニーのど真ん中に座っていましたので、ホント、よく観えましたよ。

舞台のデザインがとっても綺麗のが非常に印象的でしたねえ。イギリス特徴の色使いと言いますか、バレエを劇にしたような素晴らしいセットデザインでした。微妙で、繊細な色使いといいセットデザインといい全く、イギリスのシアターでしか現実化できないわあと、感心していました。皆の衣装も綺麗でしたし、なんともゴージャス!

Act 1

シノプシスは言うまでもないのですが、全体的な構成が印象的でした。ダンサー達皆が揃っていましたし、また派手な動きがない第一章で華やかで気品溢れる(笑)踊りが観れました。見せ場のパデトロアもとっても綺麗に揃ってましたし、次に繋ぐ第二章が楽しみなくらいでした。ジークフリード王子が矢で白鳥を落とすシーンは古典的に言いますと、ジークフリードの目線で白鳥が落ちたと判るのですが、この公演では、ヴィジュアルを使って白鳥が空から湖に落ちていきました。またこれがよくできてたんです。森から湖に変わる雰囲気が次のアクトを予期できるかのようでした。

Act 2

このアクトでは王子がオデットが白鳥から人間に変化するシーンを観る事ができますが、またこのシーンでどんな白鳥になるのか、どんなオデットになるのかが問われます。少なくとも、わたしは色んな白鳥を観ていますので、王子がオデットと出会うこのシーンに注目します。コジョカルさんの白鳥、オデットは王女オデットとしての気品にあまり注目せず、今本当に白鳥が人間に変化したかのような、「幻想」を観せてくれました。不思議ですね、人間が白鳥になって踊っているので、白鳥から人間に「変わる」とは普通考えられないのですが、その不思議な幻想を観客は観ている訳なので、白鳥から人間に変化するシーンがわたしは見所だと思ってます。ありえない幻想を幻想の枠内で踊るのか、その逆の、オデットの人間としての白鳥にされた悲劇さに重心して踊るのか、どちらにしろ解釈にrealityがないと観客の心は掴めません。コジョカルさんの解釈は在来的な解釈でしたが、realityのある白鳥、オデットを観せてくれました。最も印象的で新鮮だと思ったのは、何も白鳥が美しいから王子は心魅かれたのではなく、人間になったオデットが美しいのでオデットに王子が魅かれたのだと思わせられるシーンでした。その事実がこのバレエの悲劇なのだとよく理解したオデットの解釈、王子の解釈でした。展開が非常に楽しみになる所でもありました。コジョカルさんのアームスの動き、足の動きといい、典型的な「美しい白鳥」ではありませんでしたが、何が幻想的だったかと言いますと何も「幻想的」だったからではないのです。と言いますと、鳥が人間に変化したという瞬間を本当に観ているかのようだっ
たと言う幻想をリアルに観せたから幻想的だという事です。その不思議なrealityは不器用なまでに羽を追い払うような、羽が腕や手に変化する瞬間を彼女のテンポ(やや遅い)で実現化されました。足の細やかな動きはイギリスがフォンテーヌ以来守り続けてきたテクニークなのですが、安定感が非常に良い(例えば上半身が揺れ動かないとか)ダンサーさんだなと、安心して観れました。またその安定感が彼女の意志のはっきりした解釈に良い効果をもたらしていたみたいです。

王子とオデットが出会ってから躊躇いながら王子に魅かれるオデットはやはり王女と言うよりも、一人の女性が恋に落ちる姿でした。王女である前に一人の女性だからこそ魔力で白鳥にされている悲劇を物語っているようでした。実に良い解釈の構成が目に観えたので本当にわたしは白鳥の湖の世界へ入り込んだのです。


よく、白鳥は「静」であらなければならないという古典的な考えがあり(黒鳥と比較してです)、夜だけ人間に変化できる白鳥が「静」だけでちゃんと表現できるのかいつも思いますが、コジョカルさんも少し控え目でした。しかし、象徴的な「静」を観せるという事はただ派手な黒鳥と対照的な「静」を観せるだけではなく、オデットの不安や戸惑いを表現する為にあるのだと理解できたような気持ちがしました。オデットの表現できないまでのもどかしさ、魔力に縛られた身体、でも王子を愛する気持ち、全て繊細な気持ちです。その繊細さを押し付けな感情に観せない為にも「静」はきちんと計算されていないといけない事を初めて知ったような気がしました。この象徴的な「静」は後のアクトで現実化されるのですが、面白いのはこのアクトでは王子がオデットに愛を誓うのに、コジョカルさんのオデットはどのアクトよりも下手をすれば地味になるぐらいの「静」を表現していました。何故か。王子に愛を誓って欲しい筈なのに、誓ってオデットへの愛を裏切るとオデットは二度と人間に戻れなくなるのです。オデットはそれを恐れているのではなくて、王子が人間でない自分を愛してくれなくなるかもしれない、結ばれない可能性に怯えているのだとわたしは解釈しました。それはそうです、王子は白鳥から美しい人間に変化するオデットに魅かれたのですから。コジョカルさんはこの非常に表現しにくい点を観客が見守る中、押し殺したような感情を細やかなアームスの動きや顔の表情、視線等で表現しました。

Act 3

王子の花嫁選手権大会(笑)が行われるアクトです。王子はオデットの事を忘れられず、妄想に浸ります(笑)。その間に色んなお国から王女さん達が訪問するのですが、王子は全く見向きもせず(笑)。色んなデュミキャラクテールさん達の踊りが観れるので楽しいシーンでもありますが、舞踊会のシーンが楽しければ楽しい程、後の悲劇が極化されます。途中、呼ばれていない筈の客が二人登場します。オデットに呪いをかけている悪魔ロットバルトとオデットそっくりなオディールです。ロットバルトは愛を誓った王子の心に悪の誘惑の手をさしのべにいきます。オデットを人間に戻されると面白くないので。オディールは黒鳥と呼ばれていますが殆んどの場合、オデットと一人二役です。オディールはロットバルトの娘、悪魔の娘だと知られていますが、彼女をどう捕えるかは観客が決める事だと思っています。観客がどうオデットを捕らえているかでこの役が色んな形で生きます。オデットとオディールが同じキャストで演じられるには沢山の理由がありますが、その代表的な一つの理由は、オディールがオデットに似ていれば似ている程王子の心が落ちていく姿が良く観れるという点。王子はオディールの魔力に負け、オデットに愛を誓っていながらも彼女に愛を誓います。ここで一度敢えて考える点が一つ。根本的な所をつつけば、何故わざわざオデットに似ているオディールを
ロットバルトは連れて行ったのでしょうか。そして王子は何故オディールに愛を誓うのでしょうか。ただ王子の心を揺さぶるだけなのなら、オデットより美しい女性を連れてくれば良いではないですか。実にこの点がこのバレエの面白い所なのです。何も王子の脆い愛情だけを晒すだけにオディールが登場するのではないのだとわたしは考えています。オディールは一人のキャラクターとして登場しますが、彼女は堕落と愛の脆さを象徴するシンボルです。王子の、いえ、人間の「もしあれだけがなければ、あれあれは完璧なのに」という欲とそれに引きずられた心の脆さを舞台化させる為に現れるキャラだとわたしは捕らえています。オデットが不安だったのは人間の心が脆いのを知っていたからです。王子が誘惑に負けてしまうのは、オディールがオデットより外見的に魅力的だからではなく、オディールがオデットに似ながら、白鳥ではないからです。一人の魅惑的な女性として王子を魅了するからです。そして王子がオディールに魅了されるのも、オデットが夜にしか人間になれないという事情があるからです。もしオデットそっくりな貴族に化けたロットバルトの王女オディールと愛を誓えば白鳥にされたオデットに縛られる事はない。そんな陰気な人の心の隙間に入り込むオディールは、オディール個人としてのキャラクター性が評価されるか、オデットととの比較され一種の象徴として評価されるかのどちらなのですが、コジョカルさんは見事、どちらも制覇しました。初め登場した時は少し控え目なのですが、これが彼女のオデットを思い出させます。オデットとオディール、二人の違いは王子と踊っていく上でオディールはアームスや足の動きが大胆になる事です。オデットが王子に恋をした時に華やかになる筈が畏縮していったのとは全く正反対に。オディールの32回転(グランフェッテアンタールナン)は彼女の大胆な踊りを最大限に生かしています。ここがこのバレエの一番の見せ場とよく言われますが、ホント、何度観てもわたしは飽きません。コジョカルさんはオデットの細やかな動きを取り入れ32回転略同じ角度で足を上げていたのですがもっと恐ろしい事に、トリプル
を一度入れました。ドウーブルも何度か入れたのですが、「静」が「動」に変化した瞬間でした。しかももっとも難しいこの32回転をスローテンポで正確に、オデットの面影を全く失わずにオディールを演じた彼女の踊りは熱い何かを飲み込むような何かを感じさせてくれました。ゆっくりと、ゆっくりと王子の心が彼女に魅かれるにつれ、彼女のオディールはステージにいるロットバルトの娘でもあり、また人の心を操る欲望の象徴でもありました。わたしの座っていた所では皆呆然として観ていましたので凄い歓声はあまりなかったのですが、ストール席や二階席からではえらい歓声が聴こえました。丁寧で緊張感を保つ踊りは激しい踊りをするより倍は汗をかき、息も荒くなるものですが大歓声の中、わたし達には少しの間だったかもしれませんが、コジョカルさんが御辞儀している間、彼女の心臓が聴こえそうでした。

さてさて、王子はオディールに愛を誓います、オデットに誓ったように。この間、舞踊会が開かれているお城の舞踏場の大階段の壁に飾ってある鏡にオデットが踊る姿が映されます。忘れないでといわんばかりに。しかし王子はオディールに愛を誓ってしまいます。すると虚しくもオデットの幻影はフェイドアウトします。この後、勝ち誇ったロットバルトはオディールと王子を嘲笑いながら煙の中に消えて行きます。またこのシーンが非常に良く細工されてました。ロットバルトと他の来客がオディールをリフトしてステージを去るのですが、イギリスですねえ、舞台ライトをリフトされたオディールにスポットを当て、周りを嵐のようなライトエフェクトを使い、そうする事でこのバレエの象徴的な所に重点を置きました。このバレエの意味も勿論大切ですが、それをもっと効果的にするステージのテクニークの根本を忘れないイギリスのやり方にはやはりイギリスの「演劇の国」という伝統の深さが感じ取れました。素晴らしかったです。

Act 4

さて、だまされた事を知った王子は自分が本当に愛するオデットを探しに行きますがその前にオデットの「嘆きのソロ」があります。わたしはコジョカルさんが第2アクトで見せた、もどかしさ、己の身の哀れさ等が非常に良く表現されていたと思います。「静」の中に秘められた哀しみが「静」でも「動」でもない、何かを訴えようとする踊りは痛々しい程でした。その何かは絶望から生まれる「死」でしょう。王子に裏切られたので嘆くというのが通常な解釈なのでしょうけども、オデットはそれだけを嘆いているのではないと思います。欲望に負ける人の心の脆さ、それより一度信じてみようかと思った愛情がその脆さで裏切られただけではなく、王子が自分に許し乞いに来てももう二度と人間になる事はない悲しい現実に静と動の狭間で苦しむオデットのソロはわたしの心を動かしました。オデットが白鳥なのは、ストーリーラインとしてそうなのですが、彼女の「愛の誓いを破ると二度と人間の姿には戻れない」という条件はわたし達の日常にも見られる「愛の条件」ではないでしょうか。でも、どんなに条件があってもそれを超える愛情もあるのだという事がこのアクトで判ります。オデットは許しを乞う王子にそんなに自分を責めないでくださいと言います。自分の身体がこんな風に呪われているから起きた事なのだと、もう一度王子の愛を受け入れます。しかし、もうオデットは人間に戻れません。ロットバルトの呪縛はどうしても解けませんから。そして二人は湖に身を投げる事を決心し、違う世界で結ばれます。変な意味でハッピーエンドかもしれません。しかし、欲に応じて堕落した王子の愛はオデットを
救う事も、二人がこの世で結ばれる事もできませんでした。どんなにオデットが彼をもう一度受け入れてくれても何も変わらない悲しいこの事実がこのバレエの悲劇なのだと思います。現実、心中する人達と同じで、愛は人を許しても全てを救うなんて事はないという事に気が付きます。

そんなの、バレエで気付きたくないわよー!!!!と心の中で叫んだのはわたしだけしょうか(笑)。

まだ若いスターさん達には拍手喝采でした。元々はもっとビッグなタマラ ロジョ(ファーストナイト キャスト)さんのオデットとオディールを観に来ていた人達が違うバージョンを観に来てたのですが、バレエが終わった後、皆「あの人は誰?誰?」と噂していましたがコヴェントガーデンに行付けの人達とスタッフさんによると、今オペラハウスで最も愛されている若きスターさんのようです。確に凄いテクニークと感情表現、解釈です。感情表現は不世出のマカロワのを越えるにはもっと人生経験を積まないといけないかもしれませんが、今はこのままで充分です。是非、レニングラードが生んだ新星、ヴィシニョーワさんと共演でもして欲しいです。

コジョカルさんの「ジゼル」は仰天ものだと聞きましたので、是非また彼女の公演を観たいと思い次の日、オペラハウスのバレエショップで彼女の「ジゼル」のポスターを買って家に帰りました。もうすっかり彼女のファンです。
posted by シルビア at 15:19| Comment(2) | TrackBack(0) | BALLET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月02日

Cat and the cat

ニャンニャン。

最近人間より猫と仲良くしているシルビアさんですが、また眠れません、大将の「The River」の聴き過ぎでしょうか。

さっきからお腹が空いて、近くのコンビニに行ったんですが、帰ってくるといつも仲良くしている猫ちゃんことジンジャーがフラットの外でわたしを待ってました。最近寂しいなと思うと何故かジンジャーが訪問してくれます。

ジンジャーは元々わたしが住んでる寮が飼っている猫ちゃんなのですが、あまり相手にしてもらってないみたいです。ちょっと寂しいというのが顔に書いてあります。捨て猫にしたらあまりにも奇麗な猫ちゃんなので、警備員のおじさんに聞くと飼われてるんだよ、スタッフの皆に、と言ってました。成程、どうりで人なつっこい訳ね、と猫大好きなシルビアさんはそれからジンジャーとすぐ友達になりました。

ジンジャーはペンギンのように人間を怖がらないマイペースな猫ちゃんです。噛まないですし、ひっかかないですし、何しろ猫好きな人間とはとっても仲良しみたいです。ただ相手が猫好きでないと、あまり感心を持たないみたいですが、あまり気にしてないみたいです(笑)。

今、ベッドの上でぬいぐるみ達の横でストレッチしたまま寝てますが、可愛過ぎます、本当に。さっき、「ニャー」とあくびをしてゴロンしたばっかりです。わたしも公式に猫を飼いたいですー(叫)

ジンジャーに出会ってからよくキャットフードを買うようになりましたけど、思った程高くないんです、これが。ジンジャーはあまり贅沢を言わないので毎回キャットフードを食べさせてはいませんが、買った時には食べさせています。キャットフードを食べる時、一生懸命少しも残さずもぐもぐと食べるんですが、その後すぐに寝る癖があるんです。「太るぞー!」と言うのですが、人間とよく似てて、こうゆう事だけ聞きません。ぶくぶく太っていってるみたいなんですが、でもこれがまた可愛いんです♪親でもないのに親ばかみたいですが、一度「仔猫物語 チャ
トラン」を観た方がジンジャーを見たら絶対わたしの気持ちが判る筈です。何の種類の猫かよく判りませんが(苦笑)、縞が赤茶色でお腹が白い猫ちゃんです。めっさ可愛いです、こんな可愛い猫ちゃんは長い間見てません。

シルビアさんはジンジャーが家に来る度に必ずジンジャー用の毛布を用意します。寒いですからね。もし凄く寒かったら電気毛布でベッドを温めるんですね、するとホカホカしたベッドの上でゴロンゴロンして眠ります。いつもわたしのふくらはぎにもたれて寝ます。ジンジャーが泊まった次の朝は目覚ましは要りません。必ず7時前には起こしてくれますから(笑)「ニャー!」と言ってチュッチュしにきてくれるんですが、わたしが起きないと、顔をスリスリしてくるのでその時には絶対に起きます(起きないとジンジャーが外で遊べなくなりますしね)。猫って朝何時とか判るんですかね?(笑)

こんな平凡な生活ずっと続ずかないかしら。
わたしも猫になりたいです(笑)
posted by シルビア at 11:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

シルビアさんの夢の選択

どうやら風邪を引いたみたいです、節々が痛いのなんのって(泣)胃腸炎が治ったと思えば次は風邪かい、みたいな。今ヨーロッパで風邪が流行ってるみたいで、凄い人数が死に至るぐらいの酷い風邪らしいです(恐)。ま、シルビアさんはインフルエンザの注射しましたけどね、風邪は引くんですよ。体力と免疫力が低下してるので余計ですかね。今朝、節々があまりにも痛む為、起き上がれませんでした。こんなに酷く節々が痛むのは何年ぶりなんでしょう。皆さんも風邪には気を付けて下さい。

さて。寝過ぎで寝むれないので、何か書こうと思ったのですがちゃんとした記事を書く気力がないので(貧弱)ちょっと妄想ぎみた子を書く事にしました。

音楽業界限定ですが、夢の選択をしてみました。何の参考にはなりません(笑)

ケース1

もしジャンヌダルクのメンバーが家族、若しくは友達だったら。。。

父:Kiyoちゃん

グルメ通で音楽知識豊富。女系家族で育った為女の心を理解してくれる優しく寛大なお父さん。昔は大阪ブルーノートでピアノを弾いていたというちょっと自慢なお父さん。お母さんがあまりにもクッキングが下手な為、料理のお手伝いは毎日してくれる。
癖:食事後には必ずピアノを弾く習慣が。気分がすぐれないとハモンドオルガンでキースエマソンの真似をする(鍵盤の間にナイフとか挟んで危険な事をしだす)。キレるととっても怖い。

母:Youちゃん
普段ボーっとしてそうで、話をしたい時にはちゃんと聞いてくれる頼れるお母さ
ん。
癖:ギターをワンワン鳴らしながら昼ドラ、もしくはあややを見て、あのドレス可愛いわね、お母さんまた作ってあげるわねと言いながら一度も作ってくれた事がない。お母さん、夜業してくれてる!と思いきや、本当は般若のような顔をしながらギターのパーツの修理をしている。毎朝毎晩鏡を見ては溜め息をつくが、その理由は誰も知らない。眉毛の薄さに悩んでると皆は思っている。

兄:Ka-yuくん
ツッコミ担当のお兄ちゃん。ヤンキーな為バイクに乗せてくれる。怖そうで本当は兎やフワフワしたものに弱い、地球と動物を愛するエコフレンドリーなお兄ちゃん。塵はちゃんとリサイクルしないと怒る。実は料理がとっても得意。
癖:大の酒豪。機嫌が良いと自慢のベースを教えてくれるのに、機嫌が悪いとバイクで高速に乗り、警察に捕まる事多し。Youお母さんに迷惑ばっかりかける。

弟 Shujiことしゅうちゃん
ドラムをバシバシ叩くのに普段は話が通じているか心配するぐらい天然な弟。兄に似たのか、自分の兎の事になるとさっきまで仲良くしていた彼女の事さえ忘れる親馬鹿。食事時にはお父さんとご飯の取り合いをするので、カレーの日にはYouお母さんはしゅうちゃん用の鍋とKiyoお父さん用の鍋でカレーを作らなければならない。家族の中では一番注目を浴びる。
癖:芸能界に入りたいが為に逆語を連発する。芸能界に入れなかった時は営業マンになるのだと、営業の練習を家族相手にする。キレれたらYOSHIKIの真似をし、ドラムキットを殆ど破壊し、本人は半死状態。「北斗の師匠」という凄い人にドラムを教わっているよう。師匠の正体は絶対教えてくれない。

友達: Yasuくん
唄が好き、詞を書くのが好きという純粋少年に見せかけたエロイ友達。家族に何時も歓迎されるが、一番仲良くしているのはしゅうちゃん。
癖:綺麗なYouお母さんにセクハラっぽい事を言うのでKa-yu兄ちゃんの監視下でしかお母さんと一緒に話せない。そのくせにしゅうちゃんと彼女の取り合いをするワイルドな子だが本当はモテない。

ケース2

Artistsの中で父親にしたい人ナンバー1は?:

理想的に言うと:
氷室京介
凛々しくて、優しく、行動的で知的だから。でも実際お父さんになるととっても厳しくて怖そう。

現実的に言うと
: Simple MindsのJimくん
子供と和気合い合いと遊んでくれそう。実際、元妻だったパッツィーの旦那様との間にできた子供さんの面倒も見てくれる、理解力があって心が広い人。ずっと信頼できそうで安心する。

Artistsの中で家族の一員になって欲しい人ナンバー1は?:

ジャンヌダルクのShujiことしゅうちゃん。
本当は弟にしたいけど、年齢的に年上だからお兄ちゃんという事で。一緒になって遊んでくれそう。

Artistsの中で心の恋人ナンバー1は?


邦楽で言うと:Buck-Tickの櫻井敦司ことあっちゃん。あっちゃんが唄う「Oriental Love Story」はシルビアさんの心のオアシス。

洋楽で言うと:David Bowie
どんなに寂しくてもボウイー様の「Star Man」を聴くと何か良い予感が。一人ではないような気持ちになります。

Artistsの中でこんな人が旦那様であったらナンバー1は?

音楽やってる人で旦那様にしたい人はあまりいないなあ(笑)。昔はよく京介さんだとか言ってましたけどねえ。強いて言うならTakuiこと、卓ちゃんかな。オチャメさんで面白いし、なんと言っても心が非常に広く、優しいから。ビートルズの事とかでも話が盛り上がりそう(笑)

Artistsの中で友達に欲しい人ナンバー1は?

これもTakuiかな?迷った時とかに凄いパワーやアドヴァイスをくれそう。また、お互いを尊重した、いい友情関係が築けそう(わたしはライフナンバー1、卓ちゃんは5なのでバランスの取れた関係/笑)

それか、Buck-Tickの今井寿こと寿かな?ピンチな時にあのブレインをわけて欲しい(笑)不貞腐れてるけども、ちゃんと話をしたらマトモな答えが返ってきそう(どういう事だ/笑)。本当は自分の周りの人を大切にしてくれそうな人だからかな?正直だし。
posted by シルビア at 11:21| Comment(3) | TrackBack(0) | MUSIC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月30日

Numb

最近わたしの記事はうつ日記かゾンビになった時のへんてこな日記ばっかりですが、そのうちエンタメの事書くのでお楽しみに。クリスマスホリデーの間に沢山映画を観ましたし、バレエにも行きましたし、音楽も聴いたのでそのうち記事をアップします。

現在のシルビアさんの心境状態は「般若」です。

最近人が忙しいのに、いちいち足をひっぱる人がいます。別に、意図的にやってるとかではなくて自然とそうゆう事ができる達者な人がいるのです。

こうゆう事する人、何も初めてではないんですけどね、

しんどいんだよ、邪魔しないでくれないかな(怒)

ってな感じです。

わたしの信号、勝手に赤で通らないでくれないかなー?

こんな気持ちもあります。

シルビアさんに何があったか。

イギリスの大学で二学期とはファイナリストにとって大変な時期です。最も、この時期に一番沢山の時間を図書館で過ごし、パソコンの前で過ごさなければいけない時期です。これがあるから、プランを立てて、出来るだけのリサーチを一学期にして要領良く講義に行くというのが理想なのですが、そうできない事もあります。先週早速卒論の最終草稿の締め切りがありまして、その締め切りまでに間に合うように出来るだけ書いていましたが、全ては書けませんでした。ま、これはあくまでも気合いを入れて出来るだけ締め切りまでに間に合わせて提出するというプランなので、それ程プレッシャーはかかりませんでした。でもですね、教授から一番ベストなアドヴァイスを頂くには、出来るだけの勉強をして、これ以上今は無理という所にまで辿り着かなくてはなりません。自分で何もしてないのに他人にどうにかしてというのは学業的に良くないですし、何も提出していない上で論議しても時間が無駄なだけですし。。。わたしにとってのルールなのですから守りたいのです。しかし時間に追われ、出来ない事だって沢山ありました。でも、それでも一万文字は書きましたし、今の問題は「質より枚数」なので、自分でも出来るだけしたと思うのですが提出した後には次の週のプレゼンの仕度、ビザンツの論文のリサーチ、就職活動、生理(これが重い!)と色々重なりうつが直撃しました。

ま、別に驚く事はないんですけど、うっとうしいんです(笑)。
今忙しいんだからセレトニン返してー!と自分で思うぐらいです。
そんな事も仕方なく、やる事はやらないとなーと普通に勉強してました。が、お腹が痛くなりトイレへ駈け込む事が頻繁に。。。

また、シルビアさん胃腸炎です。

胃腸炎は吐き気を伴いますが、思いっきり吐いてます(苦笑)。
この一週間でまたゲッソリと体重が落ちました。
今はましになったんですけどね。
ろくに食べれないですし、食べたら吐くか下してるのでエネルギーがないのですが、忙しい時にそんな事言ってられないとも思い、勉強してました。今色んな事で気を紛らしていると、何とかなる(てか、お医者さんも何もできないって言ってたし)と思ってプレゼンを優先して勉強してたんですが、邪魔する人、何人か発見。

まず、わたしの睡眠障害をコントロールするのに必要な精神安定剤を飲んでちょっと酔った感じがするシルビアさんを見て、同居人のMくんが口を出す事になりました。別に他人様に迷惑をかける症状を起こす訳ではないんですよ?わたしが酔った感じになると言ったのは、お腹が空いてキッチンに食べ物(勿論自分の)を探に
行くという、端から見てたら何もない事に一々文句を言うようになってました。これは突然起きた事じゃないんです。一学期から黙って聞いてましたらいつの間にかその酔ったような状態の逆手を取るように(人って本当に怖い)。心配して、大丈夫と声をかけるなら最もまともな話なんですが、毎回寝る前に食べるのは良くないという点に当たって何度も説教垂れるのが多い上に、自分がストレス抱えてたらおもくそ当たってきます。しかも相手はドクター希望なので説教は半端でないです。わたしが彼をどんなに避けてキッチンに行っても、彼が入ってきてわざわざ何か言って行きます。

うるさい、ダマレ、と何度心の中で言ったか(鬼)。
そりゃね、寝る前に食べる事が悪いのはよーく知ってますよ。でもお腹いっぱいにして食べないと寝ることができない時がありますしね、また薬の副作用で食欲が出る時だってありますしね。人のプライベートな生活の仕方に文句を付けるってどうゆう事かな?って思ってまして、ええ。生活の仕方で文句言うならわたしの方が言う事多いわ、と思ってますしね。キッチンとリビングを毎週週末に掃除するわたしを見て、「ありがとう」の一言も言わないし、次は俺がするよとも言わないし、寧ろ片付けた後に汚しても知らん顔(Sくんも同じくこれに激しく同感)。自分の友達を一度に十人連れて来ては、後片付けしないし、ともかくうるさい(正しく寝ようとしている皆の睡眠の妨害)。ポストのチェックを忙しいと言っては他人に任せっぱなしで一度も自分でチェックした事がない。忙しく、ストレスが溜るとキレて他人に当たる。

こんなもんです。
立派でしょう?
でも皆彼が一番年下だし、掃除ぐらいわたし達で出来るよねと後三人でしたりしてますが、何も断わり無しでしてる訳じゃありません。彼が医学生だし日中フラットにわたし達が居るなら、まあ別に重荷になるような事ではないので、わたし達がするよーとイージーにわたし達も今まで色々してきました。でもですね、「ありがとう」や、「ごんめんね、毎回」とか全く無しです。別に恩に着せる訳ではないんです。一人の大人としてするマナーじゃないから皆おかしいなと思ってるんです。

でもこの間彼と喧嘩した理由はこれから言います。

わたしは全然記憶がなかったのですが、喧嘩をする前に世間話してたんです。で、わたしと彼は普通は凄く仲が良いので、色んな事で笑い話をしてました。その笑い話の種になったのがわたしだったのです。Mくんの場合、わたしを出汁に笑いを儲けるのは全然驚いた事ではないのですが、人が精神安定剤を飲んでおかしくなっ
てる事を逆手に取ったんです。

わたしに、ない筈のないパンを取るように聞いたらしいんです。そのない筈のパンの存在はわたしは知らず、取ってと言われたので探してたんですけど、なかなか見当たらず、色んな所を探してたらしいんです。それが、「面白い」話だったのです。これにプチンと来て、「んで、それの何が面白いん?」と聞くと「いやー、だって可笑しいやん」みたいに言ってきたのです。

ゴングの鳴る音が聞こえました。

「へー、そうやって今まで楽しんでたんね」と。

可愛くないです。でも向こうの本性が知りたくて言った言葉でした。

最近、人が忙しい時に限って「医学生はもっと忙しい」というボケた事を何度も言うようになってました、以前より増して。わたし、大嫌いなんです、自分が一番この世の中で忙しいとか言う人。言わなくても態度に出す人も大っ嫌いです。特に同じ大学生でそんな事言う人、もっと嫌いです。
皆同じ立場なのに、自分だけが一番苦労してるとかゆう次元で物事考える事が嫌いなんです。で、わたしがいつも思ってたのは、彼は自分のやってる事に不満があるだけじゃなく、他人に嫉妬してるんやわ、と。
自分が勉強もしたくない医学を勉強して苛々し、文型のわたしとSくんを見てブチブチ自分が忙しいだのなんのって言うんだわ、と。何を仄めかしてるんだろう、言いたい事があるならハッキリ言えや!こんな感じです。

わたしが安定剤でおかしくなってる姿を見て笑ってるんやったら、あんたの方が病気なのでわ?と言いたかったんですけど、いきなり喧嘩は良くないので「話」でもしようかと言ってるのに、相手がいきなり猛烈に自己弁護してきました。俺は何の事で訴えられてる訳?等普通でも大きな声をもっとでかくして口先尖らせてたんですけど、この辺りから喧嘩する気がこっちが薄れてきた為、まあまあ、話するかと思いきや、いきなりアタックしてきました。

自分、考え過ぎやねん、なんで俺がこんな事で責められなあかんねん。

シルビアさん、戦闘ムード100%

しかーし。
ちょっと待て。
己と喧嘩するまでに己の欠点こっちが言う理由あるから待て。
わたしが馬から下りて己のレベルで話すなんて100年早い。
どうせなら向うに全部言わそう、そう考えてこちらが普通に向うの正当化されたグチャグチャを聞いてましたら、どうやら自分が悪いのだと気が付いたようで。話を聞きながら、思ってたより口が達者のを見て余計ムカつきましたが(笑)、人が生理前、しかも次の日はプレゼンだと言うてるのに、こいつは何がしたいねんと訳が判らなくなり、わたしは、「あのね、悪いと思ったんやらごめんだけでいいねん」と言いましたがこれが彼のプライドを傷付けるように。

「気の触るような事を言ったんなら謝る。これで話は終わり!」

と勝手にキレた上にわたしが爆発しました。
わたしの問題で態々話ししてるのにお前は何やねん、ゴジャ言いやがって!もし自分の弟ならぶん殴ってるところです。こういう奴に限って正当防衛をしだすと全く筋が通った事言わないんです。

でもわたしのプライドはもっと高いので(笑)、自分の般若のような顔を見せず、哀れみ100%の眼差しで「口のきき方に注意しましょうね!」と言って部屋を出ましたが、なんでこんな時に態々阿呆相手に話さなあかんねん、しかも勝手にキレやがって。怒りで勉強どころじゃなかったんですが、選択余地がないので泣きながらでも勉強してましたら母親から電話がありまして。彼女が言った事があまりにもタイミング悪かった上にわたしの勉強の邪魔をした事でプレゼンは延長させる事となりました。ラッキーな事にプレゼンは練習のプレゼンだったので大丈夫でしたが、自分のプランを邪魔された事に腸が煮えくりかえる思いをしました。

母親が何を言ったか。
「うつ入ったらゴチャゴチャ言い出すやん、あんた」

これは一種の言葉の暴力です。
母親がわたしのうつをこんな風に言うのは初めてではないのですが、苦しい時に何度彼女の言葉の暴力に堪えてきたか。何度もこの事で喧嘩しているのに判らない母親。しかも、わたしが暫くは電話するなと言った為、地元の友達にわたしに電話を掛けさせたんです。その友達からタイムリーに電話があるなんておかしいと思いきや、黒幕は母親。友達も別にあたしと話したくて電話したんじゃないねんなーと思ったら涙が出るより思いっきり冷酷になりました、人に対して。

薬を飲んで治療しないといけない病気を人はなんだと思っているのか。
ニュース等で精神状態が良くない人を異常者扱いするのと同じで、どんなにわたし、薬飲んでるからこれこれができひんのよと言っても全く判らない人が多すぎます。判らないならせめて尊重するべきです。何も哀れんでくれと言ってるんじゃありません。プライヴェートな問題を抱えてると言った時点で、他人の立場を尊重するのがそんなに難しい事なんか。そんな気持ちでいます。東京にいるブランド物と自分に陶酔してる阿呆な知人も、シルビアはうつが酷かった時、凄い後ろ向きだったもんねー?とか、わたしからしたらただの阿呆だと思いましたが、土足で人の心に入ってきてめちゃくちゃにしていくなんて、ありえません。

Freakという言葉が英語にありますが、ホント、あんた達freakだわと思います。
よくわたしは薬を飲んでて麻痺してないか心配しますが、こうゆう人達の思考が麻痺してるんだとと思います。
posted by シルビア at 06:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ACID BREATH(毒吐日記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。